時間がくねくねしてなくてよかった

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ツイッターで主張する目的とは

ツイッターの登場により人が主張をする機会が爆発的に増えている。直接顔を突き合わせない状況で、不特定多数の人に自分の考えを発信することが出来るのだ。今日は人がツイッターで主張する目的は何なのかを考察していきたい。

 

ツイッターでは「いいね」をもらったり「リツイート」をもらったり、「リプライ」をもらったりできる。日本人は他人の反応を気にする人種だが、ツイッターには「反応したい人が勝手に反応すればいい」といった暗黙のルールがある。

 

「反応が無くてもいいんだ」ということが、ツイッターを利用しやすい要因の一つになっている。また顔も出さない名前も公開しないという匿名で利用できるのも、何かを主張しやすい土台になっていると言える。このようにツイッターが人気を得ているのは、人々が主張する場を求めていたということで、他人の考えを聞きたいという裏付けにもなっている。

 

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アウトプットの場、ビジネス利用、新しい発見

いくつかの理由は簡単に思いつく。

 

アウトプットの場。主張することで、インプットしたものをアウトプットすることでより物事の理解が深まる。

 

ビジネスのため。フォロワーがつくと宣伝になるので、自分のビジネスにプラスになる。ブログで稼いでいる人ならば自分のブログを紹介できる。自分の個性を不特定多数の人に見てもらえるので自己ブランディングしやすい。幅広い読者を獲得できる。

  

あとは、発言することで新しい発見を得られる。発信するまでは、意外と自分の頭の中は整理されていないもので、誰かに伝えようとすることで新しい気づきを得られるのだ。これを分かってて発信している人もいるだろう。

 

では上記のようなアウトプットのため、ビジネス利用のため、新しい発見のため、といった理由があるが、それ以外になぜ人は主張するのだろうか。上記の三つは意識的な主張だが、無意識的な主張について考察を進めていきたい。

 

承認欲求

多いのは承認欲求ではないかと思う。「自分の考え方は正しいよね」といったことを他人に認めてもらいたいのだ。自分の考えに100%の確信が持てないから相手の反応を見たい。こんなことを考えてるけど、知り合いには変に思われたくないし、という人にとっては、ツイッターは手軽に他者から承認を得ることが出来る便利なツールとなっている。

 

しかし、主張に対して「君はこうすべきだよ」「それはやめたほうがいいよ」といったように、相手の状況や考え方をよく聞かずにリプライする人をよく見かけるが、そういう人は自分と考えがなんか違うから「相手を違う」とただ否定する。相手の置かれている状況と考え方を確認したうえで「自分はこう思う」と会話を展開していくなら別だが、そうでない以上は、そのリプライもただの自己主張であるだけで、つまり自己主張の応酬で会話になっていない。そんな場面をよく目にする。誰かの意見にしっかりと耳を傾けようというよりは、主張したい人と、安易に承認する人と、安易に否定する人が多い場所のような印象がある。まあその手軽さが売りなわけだが。

 

主張が正しいと確信したい、意見が欲しい

ツイッターでは、主張することで自分を正当化したいという心理が働いている。自分が選択してきた状況を良いものだと主張するような人もいる。例えば「フリーランスになって本当によかった」といった内容だ。そのような自己正当化としての役割がツイッターにはある。しかしそういう主張の仕方は正しいと言える。なぜなら、変えられない過去は全力で自己正当化するしかないからだ。その主張に賛同者が多ければそのツイートは成功という事になる。

 

しかし、「フリーランスはいいことばかりではないよ」というような批判的なリプライをもらう可能性があるということも覚悟してツイートしなければならない。承認される一方、「フリーランスになりたくてもなれない人」からの嫉妬めいた批判を浴びせられる可能性もあるからだ。

 

一方で「フリーランスは最高」と言いながらもどこかで「フリーランスで良かったのかな」といった不安に駆られている人もいるかもしれないが、「確信に近づきたい」という心理でツイッターを利用している人も、自分で気が付かないだけでいるだろう。「こうあるべきなんだ」という主張だからこそ得られる反応が見たくてツイートしているかのだ。どこの誰だか知らない人からのリプライで、思いがけず会話が展開し、良い気づきを他人から得られる可能性もある。

 

不特定多数に承認されることで心の平安を保っている

きっと自己主張をする人は、自分が誰かの反応や意見を求めている弱い人間だということを、意識的にもしくは無意識的に分かっている。自分の生き方に確信が持てない、誰かに自分の生き方について考えを巡らしてほしい、アイデアをもらいたい、そのような他人からの承認を求めているからだ。では自己主張しない人というのは他人からの承認がなくても自分を保てる強い人なのだろうか。

 

「自立は多くの依存から成り立っている」というのはどこかの医者の言葉だが、人間は何かに依存しなければ生きていけないと仮定すると、自立できている人は人から見えないところで何かに依存している可能性がある。依存先が人ではなく、酒、ギャンブル、スポーツなのかもしれないし、またバランスよく依存先を分散させることで自己の健全さを保っているかもしれない。そのように考えると、身近な人に迷惑をかけないツイッターに依存するというのは、比較的健全な依存といえるのかもしれない。どこの誰だか知らない人から「いいね」をもらえるだけでも嬉しいものだし、共感してもらえてリツイートされても嬉しいし、もしかしたらリプライで何か良いアイデアや貴重な経験談をコメントしてくれるかもしれない。

 

過度に他人をコントロールするツイートは避ける

心無い人から悪意の塊のようなリプライをもらうかもしれないが、自分の主張に誰かをコントロールしようといったやましい気持ちがなければ、そんなものは気にしなければいい。悪意のあるリプライをされる状況をみていると、ツイート内容で誰かをコントロールしようとしているものに対して強く反発していることが多いような印象がある。マインドコントロールされることに過剰に反応してしまうのは反射のようなものなので仕方がない。誰か知らない人の精神状態を考えてツイートすることは不可能なので、インフルエンザに感染する可能性があるのと一緒で、完全に予防することはできない。しかし、自分の主張が過度に誰かをコントロールをしようとしている文章ではないか、今一度読み返してからツイートをするように心がけることはできる。

 

他人のことばかりに気を使うコミュニケーションも疲れるものだが、気を付けないと自分に全て跳ね返ってくることは自覚しておいて損はない。ツイッターで何か小さな主張をすることは、良くも悪くも、場所がたとえネットの中であろうと、それは紛れもない他人とのコミュニケーションの一つといえるので、そのようにうまくSNSとは付き合っていくことができる。

 

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