時間がくねくねしてなくてよかった

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生きる意味は考えても無駄と自覚すべき

誰でも生きる意味は考えるが、そんなことを考えても時間の無駄だと自覚するべきだ。生きる意味を考えるのは自分に価値を見いだせていないから。そのサインでしかない。自己肯定感を高めていけば、知らないうちに生きる意味などは考えなくなる。まずは行動することが大切だ。

 

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1.生きる意味を考えている時は不健全だと自覚すべき

生きる意味を考えているときは不健全だと自覚するべきだ。なぜなら考えているということは、全力で前に進めていないからだ。しかし覚悟を決めて進んでいても、再び立ち止まって考えてしまうこともある。それでも修正しながら進んでいくしかない。しかし、間違った方向に思考を巡らすと、人生に絶望しかねない。だから健全に人生の意味を自分で見つけていくのが取るべき方法となる。

 

2.生きる意味を考えるのは楽しくない時が続いているから

生きる意味を考えてしまう原因の一つは、つまらない日々を送っているときだ。こんなにつまらないのになんで生きているんだろうと考える。日々の生活が楽しければ、もっとこの楽しい瞬間を味わっていたい、歳をとりたくない、死にたくない、生きていたい、とはっきりと思える。そして翌日、来週、来月、来年の楽しい予定を考えている人間が、生きる意味など深くは考えない。だから、人生に意味があるのかと考えているあなたは、実は人生を楽しめていないんじゃないかと疑うことが大切だ。そして楽しめるように自分で工夫していくしかない。

 

3.生きる意味を考えるのは人の役に立っていないから

そして、生きる意味を考えてしまっているあなたは、おそらく人の役に立っていない。誰かの役に立てていれば、自分の存在価値を少なくとも自分で認められる。自分が存在する意味があると無意識で思えているはずだ。自分が何をできるのか、どんな能力が他人のためになるのか、今一度振り返り、小さなことでも実行していけばいい。そして、それを実感するということが大切だ。そのサイクルを自分でつくりあげなければならない。

 

4.結論

好きなこと、自分の役割を明確に自覚できている人は忙しい。忙しいとは心を亡くすと書くが、忙しくいている瞬間は人は人間的な悩みから解放される。常に忙しい人は生きる意味など考えず、目の前のことに没頭している。そのまま突っ走り事故か何かで死んでいけば、ほとんど生きる意味など考えないで死んでいけるだろう。しかし、考えることは悪いことではない。考えてしまっているのは、自分の好きなことや役割が自分の中でよく見えていないからだ。それを探さなければならない、という警告だと思えばいい。考えるべきときは考えるべきだ。人間の根本にさかのぼるような深い思考をするのではなく、自分の小さな世界で考えることを意識して、自分なりの暫定的な結論を積み上げ、そしてそれを補強していくのが健全なやり方となる。確実な答が出ることではないので、脳がサーチを続けると、脳にとっても良くない。病気にもなりかねない。必要以上に頭に浮かんで来たら、運動をしたり、食事をしたり、シャワーを浴びたり、自分なりの発散方法を確立しておいて、良い意味で忘れる工夫は必要になる。無理のないように健全に考えていく方法を自分で確立しなければならない。

 

5.まとめ

  • 生きる意味を考えるのは不健全だと自覚するべき
  • 生きる意味を考えるのは、楽しくない時が連続して起こっている可能性がある
  • 自分が楽しいと思えることを積極的にやるようにする
  • 生きる意味を考えるのは、人の役に立ててない可能性がある
  • 誰かの役に立つことをして、それを実感できる環境をつくる
  • 生きる意味は健全に考えるべき
  • 暫定的な答えを出して、それを補強していく
  • 無理な思考を避ける為、時には運動など自分なりの発散方法で忘れる工夫も必要

 

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