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【不安を解消する方法】SNSの過剰利用は避けろ

不安はなぜ生まれてくるのか。解消する方法はどうしたらいいのか。不安とうまく付き合っていくためには不安について知ることが大切だ。突発的な事故がもたらす不安には保険で対応できるが、慢性的な不安は自分で解消していくしかない。不安は成長には欠かせない要素で、その感情を理解することで自分を高める動機になる。SNSの過剰利用がもたらす不安の増大と、その悪影響についても考察する。

 

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1.不安とはどんな感情か

不安とは自分を脅かすリスクが予想できるときに生まれる感情だ。過去に同じ不安になる体験をしたか、人から話を聞くなど情報を得たかして、学習したことで生じる、予期できる発生可能性に対して心配することだ。日頃は忘れていても、なにかをきっかけに思い出して不安になることもある。恐ろしいのは状況が変わったわけではないのに、自分の考え方が変わったその瞬間に不安に襲われてしまうことがあるということだ。もちろん外的環境の変化でも不安はもたらされる。

 

不安は漠然としているから不安のままということができる。不安の正体は恐怖だ。恐怖が仮面を被っているのが不安だ。人はその恐怖と向き合いたくないから漠然とした不安のままにしておく。不安のままにして見て見ぬ振りをしている。本当は解決できるかもしれないことも、恐怖に変わるのが嫌で放っておく。仮面を外した結果、それほど大きな恐怖ではないかもしれないのに、恐怖と対峙したくないので放っておくのだ。

 

2.突発的な事故に対する不安は保険で解消される

誰もが持つ共通した恐怖は「飢えるかもしれない」ということではないだろうか。誰でも一度は見たことがあるホームレスがその象徴になっているのかもしれない。汚い恰好をして体からは異臭を放ち、人からは文字通り汚いものを見る目で見られ、もしくは完全なる無視をされる、あのホームレスの存在だ。あるいはいつかテレビで見たアフリカの飢えて死んでいく人たちの映像が焼き付いているのかもしれない。あんなふうにはなりたくない。そんな恐怖がいつの間にか植え付けられている。

 

飢えないためには、金を稼ぎ続ける必要がある。金を稼げていれば飯を食える。だから勤めている会社が倒産しないか不安になる。怪我をして動けなくなったら金を稼げないかもと不安になる。自分が死んだら家族が生活できないんじゃないかと不安になる。しかし、そのような突発的な事故に対しては保険があるので、保険に加入することで不安から解消される。だから余計な不安を抱えずに生活を送れる。保険代は不安を解消するために支払う対価だ。

 

3.人間の欲求を満たせないということが不安につながっている

飢えという絶対的な恐怖のために働いて、ここまでくれば飢えることはないだろう、ホームレスにはならないだろうとなっても、我々には次の不安が待っている。

 

マズローの5段階欲求の話はご存じだろうか。20世紀を生きたアメリカの心理学者のマズローは人間の欲求を5段階に分類した。

 

ステージ1:生理的欲求(食事とか睡眠を取りたい)

  ↓

ステージ2:安全の欲求(お金とか健康を保ちたい)

  ↓

ステージ3:社会的欲求と愛の欲求(社会的役割や人とのつながりを持ちたい)

  ↓

ステージ4:承認欲求(他人や自分からの評価が欲しい)

  ↓

ステージ5:自己実現の欲求(自分の能力を最大限に発揮したい)

 

欲求と不安にどんな関係があるのだろうか。ステージ1の生理的欲求は食事や睡眠をとりたいという欲求だ。その欲求を満たせない、つまり食事や睡眠をとれない状況になるというのは人間にとって物凄く恐怖なことは想像に難くない。先にも触れた「飢えるかもしれない」というその人間の根本的な恐怖が、ぼんやりとした不安として常に存在しているのだ。だから欲求と不安は切っても切り離せない。不安とは欲求が満たされないことで生じる感情といえる。そしてたとえ一つの不安を解消しても、ステージ5の欲求を満たすまで(もしかすると満たしても)、不安は続いていくことになる。

 

人間の欲求のステージを登っていくということが、次から次へと襲ってくる不安を解消していく方法になる。言い方を変えると、不安とは人間の欲求を満たしていくために必要なものと言える。不安と、その先の恐怖は、人間が動くための大きな原動力となっているのだ。だから不安をそのままにしている限りは欲求のステージを登っていくことはできない。つまり不安とはきちんと向き合わなければならないということだ。

 

4.SNSは他人との比較により大きな不安をもたらすのでうまく利用すべき

不安という原動力をうまく活用していく必要がある。そしてそのバランスはうまくとっていかなければならない。ここでいうバランスというのは、自分を奮い立たせるための適度な刺激という意味だ。不安は毒にも薬にもなる。不安を適度に保ったまま進めば、ゆっくりと欲求のステージを登り、自分を高めていくことが出来る。逆に大きな不安はその動機を奪いかねない。圧倒的な大きな不安は、絶望、諦め、そのような感情に人を至らせる可能性があるからだ。

 

人間には5つの欲求があると上記で触れたが、その欲求の度合いはどのように決められるのだろうか。どれだけお金があったら安心できるのか。どれだけ仕事で成功したらその欲求は満たされるのか。それは結局、他人との比較によってその度合いが決められてしまうのだ。

 

ここ数年で、SNSの利用は爆発的に増えたが、現代における不安製造装置はSNSといっても言い過ぎではないのかもしれない。テレビに映る有名人など、遠い世界の人間の生活を垣間見たところで、それはやはり自分とは関係のない世界の話なのだが、SNSでの友達や知り合いの近況などは自分と比較してしまう。そして毎日、次から次へと生き生きとしたニュースが更新されるので、これがやっかいな不安を作り出している。人生に充実していない退屈な人間であればあるほど、スマホをいじくりそのような情報ばかり見るから、悪循環でさらに漠然とした不安が募ってくるのだ。

 

SNSを利用する人の多くは、嬉しい事や楽しいことをそこで発信する。そんなものばかりを見ていると、自分の生活は満たされていないんじゃないかという錯覚に陥る。すると、自分が満たされていたと思っていた欲求は実は勘違いだったんじゃないかという不安に襲われてくる。例えば、ステージ2の安全の欲求で、これだけ金があれば安心だと思っていたのが、他人と比べてしまうことで全然足らないのではと不安になり、さらに金に固執するようになり、ステージ2の段階で人生がストップしてしまうことにもなりかねない。それはあまりにももったいないことだ。

 

SNSはうまく利用しなければ飲み込まれてしまう。自分の調子がよく、順調にやるべきことに集中できているときなどは、他人の生活を垣間見るのは良い刺激にもなるが、自分の調子が良くないときにSNSばかりやっていると、大きすぎる不安に襲われてしまう。そして不安に支配されてしまう。人の生活を羨んだときは、自分が満足できる人生を送れていないと、気が付かせてくれるチャンスと捉えればいい。そういうときはしばらくSNSをやめて、自分のやるべきことに集中するべきだ。

 

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