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ツイッターは人の不満を価値に変える

ツイッターが爆発的に利用されるのは情報収集とそうだが、人の不満を価値に変えることができるからだ。リアル世界で発言すると「主張・批判・愚痴・不満」として敬遠されるものが、ツイッターでは共感を呼ぶ発言として歓迎される。魔法のような大転換が起こるのだ。ツイッターという価値転換装置は現代社会を生きる日本人には欠かせないものとなっている。

 

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ツイッターの利用が上手な人はリアルとのバランスをうまくとっている。ベースは当然リアルな世界だ。そのリアルな世界できちんと自分の人生を送りながら、そこで抱えたストレスや共感されないことなどを、安心して匿名でさらけだせるツイッターというコミュニティで解消している。

 

職場の愚痴を同僚や友人に漏らしても、共感されなければ相手は嫌気がさすだけだ。日本社会ではネガティブな発言をする人間を締め出そうとする風潮がある。たとえ気持ちが沈んでいる時でも、ポジティブで楽しい会話を強制させられる雰囲気が醸成されている。だから苦しくても、嫌われると分かっているからなかなか口にできない。

 

しかし、ツイッターは知らない人とコミュニケーションを取れるツールとなっているので、リアル世界で大切にしている人間関係は不用意に壊せない一方、ツイッターという場なら批判、愚痴、不満を遠慮なく吐き出すことができる。「この人も苦しんでいるんだ」と同じ苦しみを持つ人に刺さり、その発言に価値すら見出してくれる。

 

しかしリアルとのバランスが崩れて、ツイッターに過度に依存するのはまずい。リアルの世界で「本当にこの人たちは何で分かってくれないんだ」などと、ツイッターの世界で共感してくれる人たちと比較して、リアルな世界に絶望してはならない。

 

過度にのめり込むのは病的だ。「依存」というネガティブな使い方はやめて、「共感を得るためのツール」くらいの認識で利用したほうがいい。依存していると、必要以上にツイッターを利用し、見なくてもいいようなページまで隅から隅まで見てしまう。たいして関心もない既成のコミュニティで人が仲良くしていれば疎外感を感じるだけだし、どこかで悪口の応酬があれば嫌気が刺すだけだ。

 

決してツイッターがリアル世界や人に絶望することを助長するものであってはならない。人はあくまでもリアルな世界で生きていかなければならないので、ツイッターはリアル世界にプラスに働くものとして使われなければその価値はない。

 

 

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