時間がくねくねしてなくてよかった

答えは人それぞれですが、何かを考えるきっかけになるようなブログを目指してます

人生の照準

人が旅に出るのは好奇心からで、好奇心とは神がつくったこの世界を人間が理解しようとする理由から生まれる感情だろう

 

人間の生は時間が限られているので、その限られた時間でこの世の中がどうなっているのか、そんなことを知りたいと思うのは人間の本能であると思う

 

おそらく好奇心にとっての圧倒的な敵は「不安」で、幼少期から不安を植えつけられた人間は好奇心など簡単に押し殺し、危険なものとして思考から排除するだろう

 

不安な人間は金を稼ぐことを第一の目的とする。金や不安解消が目的になっている人間には好奇心という言葉など本当の意味では響かない。少なくとも優先順位の下位に位置するだろう

 

私は好奇心を満たすこと以外には興味がないと言ってもいい人間でそれなりに苦労しているが、やはり人間としての楽しさなどは得れているなと最近は実感する(他人と正確に比較などはできないのだが多くの人は盲目にしか見えない)

 

好奇心ほどわがままで自分勝手で幼稚でまた贅沢なものはないかもしれないが、それは幸福を凌駕する。幸福になりたいから、人の役にたちたいから好奇心を追求するのではなく、やはりワクワクして心が踊るから好奇心を追求したい。好奇心というものに照準を合わせることのできる人生で良かったなと最近になってつくづくよく思う

 

好奇心を肯定することはこれまでやってきたことだが、感動を残すことで自分の人生に意味を持たせることができるかもしれないし、これからも行動→思考→言語化という行為を繰り返していきたい

 

これまで生きてきておそらくほぼ確実に言えることは、金儲けを優先している人間で好奇心旺盛な人間などいないということだ。好奇心を追求して結果として金持ちになった人間はいるだろうが、ほとんど多くの好奇心旺盛な人間は、他人から賛同された時点でそのことに関して興味など一瞬で失ってしまうことだろう。なぜなら多くの人間に共感された時点で価値のないものだと思ってしまうからだ。歴史上、好奇心などはほんの一部の人間が発揮して少しずつ人類にとっての新しい発見や貢献をしてきたのだろうが、誰もは人間に与えられた絶対的な恐怖である死から目を瞑りたいとは思うはずで、この世の中は夢や幻想であると思いその時代の常識に盲目的に従っている方が極力、恐怖を減らし生きていきやすいはずで、やはり多くの人間は目を瞑り夢の中に生きているだろう

 

 

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