時間がくねくねしてなくてよかった

答えは人それぞれですが、何かを考えるきっかけになるようなブログを目指してます

軸について

いきなり訳のわからないことを言うが、軸のない人間などいないと思った

 

さっき『時代のカリスマ』というテレビを番組を見ていてUSJを再建したという森岡毅という人がめちゃくちゃいいことを言っていて、ついついすぐにKINDLEで本をポチりと買い、読み始めてすぐにふとそんなことを思った

 

その本には「軸を考えるべきだ」というようなことが書かれていた

 

そこで、軸のない人間などいないと思った。

 

考えるという行為は、自分の中にあるものを表面に、つまり言語化できる状態に浮かび上がらせる行為に過ぎなくて、考えなくても自分の無意識の中にはすでに軸があり、それは年齢によって太くなったり曲がったりするのかもしれないけど、存在はしている。それを意識できていなくても何かを選ぶ時にはきっと無意識が働いて、その時の自分にとって最適なものを選べているに違いないはずだ。

 

森岡さんの本には、軸は変わってしまって当然だと買いてあったが、これは私が常々思っていたことでもあった。森岡さんの就活においての軸は「成長スピード」ということだったらしいが、軸という言葉があまり似つかわしくないぼんやりとした印象を受けた。というのも軸といえば医者になり人を助けるとかサッカー選手として人を楽しませるとか、それなりにはっきりとしたものでなければならないというイメージがあったからだ。軸というものが変化するというのを読んだ時にやっぱりそうだよねと安堵したし私にとっての軸は「流動的であること」という軸という概念に喧嘩を売るようなものであるということも少し表面に上がってきて意識することができた。意識することの良いことは不安が少し解消されるということとこれでいいのだと思えることなので、やはり森岡さんのいう通り考えて意識にあげたほうが健康面にはよさそうだなと思った。

 

軸は変化していくのならば、たまに最新の状態の軸を意識に上げることで自分をより安定させていくこともできるのかなと、ふと思った。